東京駅の少しマニアックな観光スポット

最近は暑いですね。
夏が来たような気分ですグーグーりょうです。

東京駅は1914年12月20日に開業し、新幹線やメトロを含めると15路線が乗り入れています。
世界の駅の乗降客数ランキング8位に位置し、一日の乗降客数はJR、メトロを合わせ70万人を超えています。

そんな東京駅には、日本の歴史に関する重大な事件が起きた過去があります。

1921年、原敬首相遭難
丸の内南口切符売り場付近

原敬首相の遭難現場とその半生

 

1921年11月4日、午後7時20分

第19代内閣総理大臣原敬は、京都で開かれる政友会京都支部大会におもむくため、丸の内南口の改札口に向かっていました。
右翼の青年・中岡艮一が飛び出してきて案内に当たっていた初代駅長高橋善一の方をかすめ、いきなり刃わたり5寸の短刀で原首相の右胸部を刺しました。

原首相はその場に倒れ、駅長室で手当てを受けたが、すでに絶命していました。

中岡は、原首相が行った財閥などに利益を誘導するような政策、普通選挙法への反対、ロシアによる日本人約700人を含む住民虐殺事件「尼港事件」への対応などに不満があったと伝えられています。

東京駅丸の内南口の原敬首相の襲撃現場

1930年、浜口雄幸首相遭難
駅構内中央通りから新幹線への改札へ登る階段手前

浜口雄幸首相の遭難現場とその半生

 

1930年11月14日、午前8時58分

第27代内閣総理大臣浜口雄幸は、岡山県下の陸軍特別大演習参観のため、午前9時発の特急「つばめ」号の1等車に向かってプラットフォームを歩いていました。
このとき、愛国社社員の佐郷屋留雄による銃撃を受け、浜口首相は腹部をおさえてうずくまりました。
かけつけた医師の手によって応急手当てが加えられ、東京帝国大学医学部付属病院で手術を受け、一時は快方に向かいました。

しかし、鳩山一郎ら野党からの度重なる登壇要求に応えるうちに、再び体調が悪化し、翌1931年8月26日死去しました。

佐郷屋は、浜口首相がロンドン条約批准など、軍部の圧力に抵抗する形で軍縮を行った事に不満があったと伝えています。

東京駅構内の浜口雄幸襲撃現場

 

それぞれの場所には、床に現場を表すマークが付いており、近くの壁と柱には事件の経緯を説明するプレートが取り付けられています。

普段、何気なく行き来している場所に、このような歴史的な事件の現場があるというのは不思議な感じがしますね。

それでは明日も
グーグー!!

プロフィール

グーグーりょう
グーグーりょう
椿坂行政書士事務所で主に外国人業務に従事しています。
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